大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成12年(ワ)4925号 判決 2000年12月20日

原告

エヌ・エス・ファイナンス株式会社

右代表者代表取締役

相澤正憲

右訴訟代理人弁護士

高橋孝志

船川玄成

三井喜彦

被告

T株式会社

右代表者代表取締役

甲野一郎

主文

一  原告と被告との間において、別紙物件目録記載一及び二の各不動産について、原告の被告に対する別紙登記目録記載の各所有権移転登記の抹消登記手続承諾義務がいずれも存在しないことを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

一  原告は、主文と同旨の判決を求め、請求原因として、要旨次のとおりを述べた。

1  N株式会社(以下「N」という。)は、平成二年七月二五日当時、別紙物件目録記載一及び二の各不動産(以下「本件各物件」という。)を所有し、登記簿上も所有権移転登記を経由していた。

2  原告(旧商号「ファースト・ナショナル日本信販株式会社」)は、平成二年七月二五日、Nから、本件各物件につき、次のとおり根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)の設定を受け、同月二六日、その旨の登記を経由した。

極度額 八四〇〇万円

債権の範囲 証書貸付取引 金銭消費貸借取引 手形債権小切手債権

債務者 N

3(一)  他方、被告は、平成一〇年四月二四日、Nを被告として、本件各物件について、別紙登記目録記載の所有権移転登記(以下「本件各登記」という。)の抹消登記手続を求めて訴訟を提起し(東京地方裁判所平成一〇年(ワ)第八八五六号事件。以下「別件訴訟」という。)、同年五月二〇日、本件各物件につき予告登記(以下「本件各予告登記」という。)が経由された。

(二)  Nは、平成一〇年七月一日、別件訴訟の第一回口頭弁論期日において、被告の右抹消登記手続請求を認諾した。

(三)  しかしながら、別件訴訟は、本件各予告登記を経由して本件根抵当権に基づく強制競売を妨害することを目的とした馴合訴訟であった。すなわち、被告、N及びK株式会社(以下「K」という。)は、いずれも甲野某一族を中心とする同族会社であって、被告は、別件訴訟当時、本件各物件の所有権を有していなかったにもかかわらず、被告がKから平成元年七月一五日に本件各物件を買い受けたとの虚偽の事実を主張して別件訴訟を提起し、Nは、右事実を知っていたにもかかわらず、請求を認諾したものである。

4(一)  本件各予告登記は、本件根抵当権の実行に際して実際上障害となっているから、訴えの利益が存するというべきである。

(二)  また、本訴において、原告の被告に対する本件各登記の抹消登記手続承諾義務が存しないことを確認する判決が確定した場合には、別件訴訟の認諾調書に基づく抹消登記手続は事実上執行不能となり、抹消登記のおそれを警告するという予告登記の必要性がなくなり、裁判所書記官が本件各予告登記の抹消を嘱託すべきこととなり、その結果、登記簿上も本件根抵当権の実行の障害となっていた予告登記が存する状態が除去されることとなるから、右登記手続上の観点からも、本件訴訟には訴えの利益があるというべきである。

二  被告は、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しないから、請求原因事実を明らかに争わないものと認め、これを自白したものとみなす。

右事実によると、原告は、被告に対し、本件各所有権移転登記の抹消登記手続承諾義務を有しないことは明らかである。

三1  本件訴訟の訴えの利益に関連して、付言する。

不動産登記法は、登記原因の無効又は取消しによる登記の抹消又は回復の訴えが提起された場合に予告登記をするものとし(同法三条)、当該訴えを却下した裁判、又はこれを提起した者に対して敗訴を言い渡した裁判が確定した場合、訴えの取下げ、請求の放棄又は請求の目的について和解がされた場合には、裁判所書記官からの嘱託により、当該予告登記を抹消することとしている(同法一四五条一項)。その趣旨は、登記原因の無効又は取消しによる登記の抹消又は回復の訴えが提起されたことを第三者に予告し、係争の不動産について法律行為をしようとする善意の第三者に対し、事実上、訴訟の結果生ずるおそれのある不測の損害を被ることを防止させることを目的とするとともに、予告登記が事実上第三者に警告していた不測の損害を被るおそれが存しなくなった場合には、裁判所書記官からの嘱託により、当該予告登記を抹消するものとしたものであると解される。

もっとも、予告登記は、事実上第三者に警告するものでしかないにもかかわらず、金融取引又は不動産取引の実際においては、当該不動産についてそれが経由されていることにより、取引の円滑な実行が阻害されることがないとはいえず、実際上の障害となることも少なくない。

2 他方、不動産について、所有権移転登記の抹消を請求しようとする者Aは、当該所有権移転登記の抹消について登記上利害関係を有する第三者Bが存する場合には、その抹消を申請するためには右Bの承諾書又は右Bに対抗できる裁判の謄本を添付しなければならないから(不動産登記法一四六条一項参照)、右BがAの抹消請求を承諾しない限り、右Bに対し、当該所有権移転登記の抹消登記手続を承諾することを求める訴えを提起しなければならないとともに、右Bも、右Aが承諾請求訴訟を提起しない場合には、右Aと承諾義務の存否について争いがある限り、これを拱手傍観しなければならない合理的理由もないから、右抹消登記承諾請求訴訟のいわば反対の相として、所有権移転登記の抹消登記手続承諾義務の不存在確認訴訟も認められるべきものと解するのを相当とする。

そして、右Aが登記原因の無効又は取消しによる登記の抹消又は回復の訴えを提起し、その相手方が認諾し、あるいはAが勝訴した場合に、当該訴訟がいわゆる馴合訴訟であって、抵当権者その他の抹消について登記上利害関係を有する第三者を事実上害する意図のもとに、抹消登記承諾請求をしないまま、右予告登記を放置しているという事情が存するときも、Bとしては、右抹消登記手続承諾義務の不存在確認訴訟も認められるというべきである。そして、Bが抹消登記手続承諾義務の不存在確認訴訟で勝訴し、その理由中で右Aが登記原因の無効又は取消しによる登記の抹消又は回復を求める権利が存しないことが確認され、その判決が確定した場合には、その登記の抹消又は回復の訴えにおける請求内容、すなわち登記の抹消登記手続を実現することは事実上不可能となり、実質的には別件訴訟において敗訴したのと同様の結果となるといわなければならない。

そうすると、このような場合には、予告登記が事実上第三者に警告していた不測の損害を被るおそれが存しなくなったものであって、右Bによる抹消登記手続承諾義務の不存在確認訴訟の勝訴判決は、不動産登記法一四五条一項にいう「敗訴ヲ言渡シタル裁判」に準ずるものというべく、その判決が確定した場合には、裁判所書記官は、不動産登記法一四五条一項の類推適用により、遅滞なく本件各予告登記の抹消を登記所に嘱託することができるものというべきである。

3  これを本件について見るのに、前示の事実によれば、被告が別件訴訟を提起して本件各物件について本件各登記の抹消登記手続請求訴訟を提起したこと、被告は、別件訴訟において、本件各物件について所有権を有していないにもかかわらず、その所有権を有する旨を主張し、Nも右主張が虚偽であることを知りながら馴合訴訟を行い、被告の右請求を認諾したこと、その後、被告は、原告に対し、抹消登記手続の承諾請求訴訟を提起しないでいること、その結果、本件各予告登記は抹消されないまま放置されたが、右は、被告及びNが根抵当権者である原告を含む登記上利害関係を有する第三者を事実上害する意図のもとに右予告登記を放置しているものであること、原告は、本件各予告登記により本件根抵当権の実行に支障を来していること、以上の事実が認められ、この事実によれば、原告は、本件訴えについて、訴えの利益を有するものといわざるを得ない。

なお、右のとおりであるから、この判決は、不動産登記法一四五条一項にいう「敗訴ヲ言渡シタル裁判」に準ずるものである。

四  結論

以上によれば、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・加藤新太郎、裁判官・足立謙三、裁判官・中野琢郎)

別紙物件目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例